| ヘアサロン大野グループの概要 |
|
日本橋生まれの創業者大野孝次郎が平床(篠原定吉経営)に修行した後、23歳の1934年(昭和9年)、4月大田区馬込に独立開業した。戦前戦中の混乱を経て
昭和23年日本橋本町に6台の本店を構える。
その後、昭和30年自宅の前に蒲田支店を開店、昭和34年に古河ビルに本店を移転。
現在地に地下1階の10台の電動イスを宝鋳工所(現在のタカラベルモント)から購入清水建設・設計部のデザインは黒を基調とした重厚なもので、当時としてはモダンで品格のあるサロンで、店内はBGMにのせて響く女性のアナウンスが時折、聞こえる演出や紳士の指先のお手入れマニュキアなどにも人気があった。
昭和38年に株式会社大野孝を設立、新幹線開業の前年に古河ビル大阪へ出店、東京オリンピックの年には日本経済の好景気に支えられ盛況となった。
昭和45年には当時、お客様でご来店の堤清二様から日本橋の香りを静岡に、とのお話を受け西武百貨店静岡店に出店、現在グループ代表の大野悦司が22歳で支店長として赴任し、有限会社オオノを設立、代表取締役に就任。
昭和54年に京都蹴上げにある老舗の都ホテルが東京に進出するに当たり,OBからのお話で大野として初めてホテル内に出店、大野允子が有限会社大野代表取締役となる。
翌55年、伊藤忠商事の運営するシーアイプラザに青山店を開業、株式会社オーエヌオーを設立。代表取締役に大野悦司が就任
昭和61年大阪ヒルトン店を開業と同時に大阪地区の株式会社大野を設立し代表取締役となる。
平成元年堂島店を近鉄堂島店(現・堂島iki店)に移転、平成6年堂島ホテル店(現・堂島ホテルの倒産と共に撤退)、平成8年帝国ホテル大阪店を展開、平成17年6月には東京・日本橋本店の上(1階)に艶出専科をOPEN、平成20年2月うめだ阪急百貨店メンズ館にバーバー『プラスメンズ』をOPEN、現在にいたる。
|
|
|
| ヘアサロン大野の社是 |
理容に於ける最高の内容と品位を高める為、
常に努力し社会環境に貢献しよう |
| 大野に働く人々の生活信条 |
- 職業に対する観念を持つ
- 理容の社会的地位の向上を目指す
- 正しく健全な思想を持つ
- 与えられた仕事に最善を尽くす
- 常に健康に留意する
|
|
| 大野の理念 - 最高の技術で社会に貢献 - |
|
理容という仕事は、人間が人間に触れる事によってのみ行うことのできる数少ない職業のひとつです。常により美しく、健康的で若々しくありたいとする願望は、男女問わず持っているはずです。世の中が情報にあふれ、機械化が進めば進むほど、より人間らしくありたいとか、心のふれあいが欲しいといった人間本来の願望は、より一層強くなってくるといわれております。
近年、男のおしゃれに対する欲求は、これまでと比較にならないほど高まって来ています。男性が様変わりしつつある今、大野は理容の仕事を通じてぜひ社会に貢献したいと考えております。そのために、時代の風や世の中の要望を肌で感じながら、多様で新鮮なサ−ビスを提供できる店舗を展開しようとしております。ヘアスタイリングは勿論のこと、理容師ならではのシェービングスタイルに肌のケアとリラクゼーションを加えたエステテックなどの提案は多くのお客様に新鮮な喜びと落ち着いたふれあいの場を提供しています。
大野は出来るだけお客様お一人お一人の個別対応にこだわり続けたいと考えております、ですからホテルサロンに、ばかりではなく個室スタイルをサロンに設けております。わが国の理容師のスキルは世界理美容大会で、団体優勝するほど優れております。それは単にカットやスタイリングが最高峰だと言うことにとどまりません。指先までの感性、第一関節のナイーブな動きから生まれる優しさの感覚技術、清潔感は世界一だと思います。この感性を世界のお客様に向けて発揮したいという夢を持っています。
それを実現するのは、伝統の技と常に革新への意欲が最高の技術を磨いていく原動力であり、教育システムです。「教育は命である.」と大野は考えています。業界でも最高のレベルのスタッフと設備に囲まれた大野グループで、ヘアデザイナーとして、また心の技術が出来るリファイナーとしてプロフェショナルのスキルを磨き続けていきます。
|
| 大野の歴史 |
|
昭和 9 年(1934年)
|
東京 大田区 馬込に開業、その後美容院開設
|
|
昭和23年(1948年)
|
日本橋店開設 昭和34年 古河ビルに移転
|
|
昭和30年(1955年)
|
蒲田店開設
|
|
昭和38年(1963年)
|
大阪堂島店開設(現は古河ビルから近鉄堂島ビルに移転)
|
|
昭和45年(1970年)
|
静岡店開設 (今は西武百貨店は撤退)
|
|
昭和54年(1979年)
|
都ホテル東京店開設
|
|
昭和55年(1980年)
|
青山店開設
|
|
昭和61年(1986年)
|
大阪ヒルトン店開設
|
|
平成元年(1989年)
|
堂島快眠倶楽部店
(現在は堂島iki店とヘアエンジェル店&ほっこり部屋)
|
|
平成5年(1993年)
|
美・ロード店(堂島ホテル内・・現在は堂島ホテルが廃業)
|
|
平成7年(1995年)
|
帝国ホテル大阪店
|
|
平成17年(2005年)
|
艶出専科店
|
|
平成20年(2008年)
|
大阪うめだ阪急百貨店メンズ館『プラスメンズ』
|
| 創業者 |
近代理容のルーツ
篠原定吉先生 大日本美髪会
創業者:大野 孝次郎 |
| 会社概要 |
| 創 業 |
昭和9年(1934年)
|
| 資本金 |
3,500万
|
| 年 商 |
3億8千万円
|
| 創業者 |
|
| 代表取締役社長 |
|
| 取締役専務 |
|
| 事業内容 |
|
理容店:8店舗
|
|
従業員:56名
|
|
優良施設として、東京都知事賞・大阪府知事賞をたびたび受賞
|
| 福利厚生 |
|
社員寮
|
大阪府大阪市関目
東京都大田区蒲田
東京都大田区池上
|
|
リゾートクラブ
|
「エクシブ」オールスイートタイプの会員
社員は全国18ヶ所、海外47ヶ国のリゾート施設が利用可
|
|
海外技術研修派遣
|
ヨーロッパ(勤続10年で)研修
|
|
店内旅行
(原則として年1回)
|
サイパン、グアム、沖縄など
|
|
年間行事
|
入社式・オリエンテーション
大野フェスティバル
(競技会・バラエティ トークショー)
X'マス・パーティー
|
| 理容界における大野の実績 |
|
・全国理容競技大会準優勝
|
|
・関東甲信越理容競技大会優勝
|
|
・東京都理容競技大会入賞
|
|
・理容師の主張全国大会優勝
準優勝
|
|
・全理連業界振興論文優秀賞
|
|
・理容師の主張全国大会三位入賞
|
|
・全理連業界振興論文奨励賞
|
|
・第50回から全国理容競技大会監視委員長
|
| ─ ヘアサロン大野グループ ─ |
《東京》
日本橋本店/青山店/シェラトン都ホテル東京店/蒲田店/艶出専科
株式会社大野孝/株式会社オー・エヌ・オー
有限会社大野/有限会社ボンプラン |
《大阪》
ヒルトンホテル店/近鉄堂島ビル店/帝国ホテル大阪店/プラスメンズ |